2004年2月11日発売のシングル。 TOY'S FACTORYとの契約が切れたためインディーズからの発売となった。発売元はHARMONY RECORDS、販売元はスリーディーシステム。ウィークリーチャート12位。
より子。のアルバム「Aizenaha」の中に収録されている曲のカヴァーなので、より子。ファンからは不服な声もあった。より子。は当時、ソニンと同じHARMONY PROMOTIONの所属タレントであり、この声について和田氏も意識していた様だが、「いい曲だと思うから、そのうち誰かにカヴァーされるくらいなら、うちが(うちの事務所内で)一番にカヴァーしたい。」という思いも強く、複雑な心境だった模様。
制作者が曲を聴き「都会の中の孤独をテーマに、電車の中で撮影をしたい。」と強く主張したので、少ない予算ながらも京王電鉄の府中競馬場前~東府中前の二両編成電車を貸しきり、2004年12月12日にその区間を往復しながら撮影された。電車の中にグランドピアノの形をした小さいピアノが持ち込まれており、そのピアノを弾いていたのは事務所の女性マネージャーだった。2004年2月5日に放送された「うたばん ソニンの闘い 全国100箇所路上ライブ行脚」にも同行し、後ろでピアノを弾いていた。
2003年12月31日、音楽業界にいながら年末にどこからも声が掛からなかったソニンに、急遽「うたばん」からの企画が決った。和田氏が持ち込んだものとも言われている。12月31日の午後23時に決まり、深夜3時にTBSに集合し、話し合いが行われた。
この際、プロデューサーの安倍龍二郎氏に、「インディーズに落ちるということをちゃんと把握してる?これでダメだったら、どうしようもないんじゃないの?」と、スタッフ(おそらくディレクター)からは「世間はあなたから歌を引けと言っている。」などと、新年早々厳しいことを言われソニンは涙していた。
その際、うたばんからソニンへ出された質問は「今まで歌手として人に歌を伝える事が出来ていましたか?」。 ソニンはそれが答えられなかったのか、分からなかったのか、それを確かめるべく旅へと出る事になった。 確かめるために選んだ方法は、歌い続けること。 スピーカー一つにマイク一本で全国(本州、四国のみ)をライブして周った。
全国どこへでも、歌を唄わせてくれる場所があれば行ったが、人だかりができても殆どの人は歌を聴かずにカメラで写真を撮ったり、ビデオカメラをまわす人ばかり。 ソニンは「歌を聴いてもらうには、どういう風に届けたらいいの?」「伝えるってどういうこと?」という想いが芽生えながらも、「でも伝えなければ」という思い、そして、それが出来ない自分にイライラがつのった。
ソニンが書いていた日記より...
進んだ先に正解があるのすら分からないが、それでも前に進んだ。そしてようやく大切なことに気付く。 「歌を歌うこと、それは聴いてくれる人が居て初めて意味が生まれるもの。テレビの向こう側に居る人に向かって歌うものだったんだ。伝えるという事に必死で、それを人に押し付けて、見落としてしまっていた。」
ゴールに決めた全校生徒僅か10人の青森県の中学校で、数日間を生徒と共に過ごし、最後にみんなの前で「ほんとはね。」を歌い旅を終えた。
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