初めてのドラマ出演。脚本の野島伸司氏が「カレーライスの女」のPVを目にしたのか、あの裸にエプロンの子にしよう、ということで指名された。1993年に放送されたものの続編。
ソニンの役柄は、学校で不良と呼ばれて孤立しており、ホストに貢いで堕ちていく女子高生役を演じた。役名は工藤紅子。 役柄を理解するために、和田氏にホストクラブに連れて行ってもらったり、歌舞伎町の風俗情報店に行ってパンフレットを見るなどした。
平均視聴率、10.8%
2003年4月16日発売のシングル。
オリコン初登場7位。初回限定盤はPVのDVD付きだった。
これまでの露出とは方向性を少し変え、肉体的なイメージになっている。PVは武富士のCMのパロディー。マイクスタンドを派手に動かすために、矢沢永吉のビデオを見て研究をした。
ライブではマイクスタンドを動かしつつ、ダンスをし歌う形の曲。一番最初に歌われる事が多い。
バックダンサーは、サビの所だけ出て来て踊るパターン。
マイクを支えている部分(A)を持ってマイクスタンド(B)を動かすため、外れて客席に飛んでいかないように、AとBが黒いテープでぐるぐる巻きにされている。マイクスタンドの足の部分にも、巻かれていることがごくまれにある。
2003年5月14日、ソニンにとって初のアルバムとなる「華」を発売。
オリコンアルバムチャートは5位。
ジャケット写真は顔のみアップと、セクシー路線からは、完全ではないが抜け出したと言える一枚。 これまでのシングルから、EEJUMPの頃の「HELLO!新しい私」のソニンVersion、未発表曲などを収録。 一番最後の曲「SEE YOU!」はツアーライブでは一番最後(アンコールで)に歌われることが多い。
この頃に「エンタの神様」(2003/5/17放送)の流し(居酒屋やスナックにいきなり行って、ギター一本で歌う人)の企画が行われ放送された。
実際に歌った曲は「うらみ・ます」「弟よ」「圭子の夢は夜ひらく」など。
この際、ソニンはクラシックギターを使っていたが、弦はナイロンではなくスチール弦を張っていた。
2003年5月19日「笑っていいともテレフォンショッキング」に初出演。加護亜依、辻希美からソニンで、よゐこを紹介した。
2003年6月4日放送の「Matthew’s Best Hit TV」内の企画で、映画の宣伝のため来日したキアヌ・リーブスに英語でインタビューをした。テツ&トモの物まねを、インタビュー時にするという企画内容だったが、周りがそんな空気ではなく、出来なかったらしい。
準備中
準備中
2003年7月13日に、SHIBUYA-AXで行われたライブツアーの映像が、NHK BS2の夜更かしライブ缶 ミッドナイトロンリーガール(2003/9/21)で放送された。中島みゆきの「うらみ・ます」をギター一本で歌っているシーンも含む。ライブツアーの映像を全編通して見れるのは、今の所はこの映像のみ。この時のバックダンサーも、いつものお三方。
2003年9月、初のCMとなるコナミ キャッスルバニアに出演した。
コナミが「Matthew’s Best Hit TV」を見てオファーを出したらしく、会見でソニンは「Matthew’s Best Hit TVに報告したいです。」と語っていた。CMソングは「ADA BOY & DA GIRL」。
2003年10月8日に「Matthew’s Best Hit TV」にゲスト出演し報告した。この際に、ソニンファンクラブ準備室の、”まだ準備室”について、司会のマシュー南に「ギャグなんでしょ?」と言われている。
初めてのフォークナンバー。アコースティックギターはつんく♂が弾いている。歌詞はプロモーション曰く、今までの曲以上にリアルな恋愛感を描いた歌詞となっている。カップリングには「EE JUMP COLLECTION 1」に収録されるはずだった「ADA BOY & DA GIRL」がソニンバージョンとして収録されている。セクシー路線から脱したと見られたが、PVにまたもや入浴シーンがあった。
PVの撮影は2003年9月3日に行われ、野外とバスタブの二箇所での撮影だった。野外での撮影イメージは「反戦フォーク集会に出ている女性歌手」で、入浴シーンはごく一般的な「シャワールームの中で悩んでいる女の子」。この二つの映像と、メッセージ色の強いフォークな歌いまわしを組み合わせる事によって「世界はこんなに深刻な問題で悩んでいるのに、日本の女の子は日常のどうでもいいことで深刻に悩んでいる」ということを表現した。
曲の取材の際に、曲の歌詞について自分に”似てる、似ていない”をソニンはよく答えていた。この事に関して和田氏は和田薫芸能界日記にて「曲の話を具体的に話せ。」とダメ出しをしていた。
この曲を最期にTOY'S FACTORYとの契約が終了した。理由はCDの売り上げ枚数と、プロモーション費用との採算が合わないため。オリコン10位以内に入るなどはしていたが、宣伝費用や、利益薄(DVD付きで安価で売るなど)が売り上げ以上に響いていたものと思われる。インディーズに行く事によって、次の曲はつんく♂では無く、より子。のカバーでいくと決めたのは和田氏だった。
この際もMatthew's Best Hit TVで告知。
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