対したトレーニングもせずに強行。結果、途中で足が痛くなったり、雨が降ったり、発狂して耳を塞ぎながら走るなど、精神的に追い詰められる部分も多々あったが、三週間で無事に(徒歩も含め)走りきる事が出来た。相当辛い道のりだったことが、番組を見ると痛いほど伝わってくる。
精神的に追い詰められていた際、ソニン自身も「このあと病院行かなきゃいけない」と思っていたが、途中地点のゴールである博多港に着いて号泣したらすっきりとし、地元の美味しいものを食べてごきげんだったとのこと。
この事を和田氏は「発狂して耳を塞ぎながら走っている」と、現地スタッフから聞いて心配していたが、その後、「笑いながらメシを食っていた。」と聞いた。これについて、安心したのか、未知なる見込みがまだまだあると感じたのか、それとも呆れたのか、定かではない・・。
ソニンが走っている間に東京での状況が変わり、ソニンのソロデビューの準備が本格化。2002年7月4日までにファーストシングルのジャケット撮影をしなければならないと和田氏から告げられたため、途中から期限付きのマラソンになる。ゴールの居昌へは、期限に遅れそうになりながらも、何とかジャケット撮影日の前日にゴールし、無事完走した。
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